« 20年目の警鐘 | トップページ | 本当の社会貢献 »

2005年8月13日 (土)

食べれるということ

今日は朝から体調悪くて寝たり起きたりを繰り返してます。

食事も朝、昼は何とか食べれたんですが夜は食べると吐きそうになる最悪の状態で結局何も食べてません。

この一ヶ月近く体調が優れない日が多くて体重も5キロ近く落ちました。ダイエットに苦しんでらっしゃる方の中には多少羨望の思いを抱かれるかも知れませんが食べれないということがどれだけしんどい事かというのをいま身をもって感じてるところです。

入院中も2週間近く絶食状態でそのときも食べれることのありがたみを十分に感じてました。おそらく普通に食べることのできる人(かつての僕もそうですが)にとってはそれがたいした価値を持たないのでしょうが実は3度食事をするというルーティーンが生活のリズムを生み出していることにそのとき気がつきました。つまり一日の始まりも、抑揚も、終焉もその起点は食事であるように思うのです。

もっとも普通はそんなことを意識しないのでしょうがそういう意識を持つと食べることに対する価値や意味もおのずと変わってくると思います。

何気ないことに意味を感じる。そういう生き方にこそ価値があるように思いますが普通に食べれることも生きていくうえで大変に大きな意味のあることだと多くの人に改めて認識してもらいたいです。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/127428/5452701

この記事へのトラックバック一覧です: 食べれるということ:

コメント

コメントを書く