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2005年9月30日 (金)

幸せな気分

今日は朝からうれしい報告が。

僕の友人から教員採用試験に合格したという連絡がありました。(以前に僕のブログで少し紹介したやつです)

彼は大学院時代の同期で一番親しく付き合っていたやつで、僕よりもはるか優秀で、聡明な男です。彼と話をするだけで自分が賢くなるような気がしてました。(実際はそんなことはないのですが(^―^))

誤解のないように言うと彼は自分の知識をひけらかすようなタイプではなく、バカ話も、エロ話も、くだらない話もたくさんしてきました。分かりやすく言うと非常にバランスのとれた男です。だから彼は僕とは違い友人も多いし、その上皆に好かれるタイプでした。僕はこれまでの人生でこういう人になりたいなあと羨望を抱いた人が何人かいましたが彼もその一人です。(こういうこと言うの照れますが(^―^))

で彼はいろいろあって僕より一年あとに大学院修士課程を修了しその後他大学の博士課程に進学し研究をしていましたが、今年に入り彼の夢である教員への道を目指すため大学院を退学し、教員になるため不断の努力を積み重ねてました。

と言っても僕が京都で彼は関東地方のある県に住んでるので会ったのは今年に入って一度でほとんど電話とメールのやり取りでしたが彼の努力の様子は十分こちらに伝わってきてました。(いろんな研究会やボランティア活動にも参加していたようです)

だから彼の合格はまあ大丈夫だろうと思っていましたが実際に合格の報を本人から聞くとうれしいものでした。大げさかもしれませんが自分のことのようにうれしかったです。

もう一つ違う意味でうれしいのは彼からは何度となく教育に対する彼のビジョンや信念を聞いてきてそのたび僕はこういう人間が本当に子供たちの教育にとって必要なのだと思っていました。だから彼の合格は今の教育に彼のような人間が必要なのだという事をきちんと理解している人が今の日本の教育現場にも少なからずいるということでもありその意味でも非常にうれしく思っています。

まあもちろん前途はそれほど平坦な途ではないと思いますし彼もそのことは理解していると思います。しかし彼の秀でたバランス感覚やあるいは確固とした教育に対するビジョンがある限り多くの困難も乗り越えすばらしい教育者になれると信じています。もちろん僕にできることがあれば協力は惜しまないつもりです。(おそらくほとんどないですが(^―^))

しかし昨日の阪神の優勝といい、今日の友人からの報告といい最近いい事が続いてます。プライベートでもいくつか良いことがあったので逆に不安な気分になったりもしてます。(とことん性格がネガティブなんで(^―^))

でもここ2年ぐらい病気をしたことを含めて辛いこと、ひどい事、嫌になることばかりでした。そういう僕を憂いて神様がようやく人生のバランスをとりはじめてくれてるのかなあと柄にもなくメルヘンチックな事を思ったりもしてます(^―^)

でももしそうなら神様のご機嫌を損ねないように今を一生懸命生きようとまた柄にもなくポジティブなことを思える自分に自分でうれしくなっています。(ちょっとあほでしょう(^―^))

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2005年9月29日 (木)

順調に・・・ Crohn's Disease-9

今日は朝から外来診察で病院へ。

前回とは違い最初から血液検査のオーダーがあったので採血結果がでる時間を逆算し診察予約時間の1時間前に行ったのですが結局採血したあと2時間待ちといういつも通りの展開でした。(どうでもいいですが今日の採血担当の人は今までで一番うまかったです。本当に無痛でした。その前2回は最強に下手でした。ちなみにその人は順番が僕より一つ前の人の採血担当でした。あぶなかったです(笑))

まあその間これまたいつも通り小説(吉田修一さんの『熱帯魚』という本です)を読んで時間を潰せたのでそれほどいらいらする事もなかったです。ただ通院している病院が増築工事をしている関係で(一応次の外来の時には完成しているらしいのですが)診察待合室が狭い。加えて暑い。最近秋らしくなったとはいえ今日は結構暑かったのでクーラーぐらいきかせてほしかったのだが臨時待合室につき扇風機しかない。一応扇風機は回っていたけど生ぬるい空気をただ攪拌している感じなんでより居心地が悪い。しょうがなく涼を求めて歩き回り1階の薬局前のソファーで小説を読んで時間を潰していました。

そろそろ時間かと思って3階の内科外来に戻ったが診察に呼ばれたのはそれから30分以上してから。ただ今日はいつもより患者が多い気もしてたので来たときから半分あきらめてましたので腹が立つこともなかったですが。(おっさんがひとりぶつぶつ文句を言っていたのがノイズみたいでうざかったですけどね)

検査結果はCRPが0.1以下でほかの数値も特に気なるところはないというものでした。状態がよいので服用しているステロイドのプレドニンも着実に減り、また通院間隔も2週間に1度から1ヶ月に1度になりました。一応ドクターからは大腸ファイバーの検査の進言もありましたが状態も良いし、また僕の仕事の都合でなかなか今すぐは難しいという事で来年の春にするということで落ち着きました。(ちょうどそのころ発病して2年という節目ですし(微妙な節目ですけど(笑))

まあ何はともあれ順調にコンディションがよくなると気分も晴れやかになります。まあ一番大事なのはこういう状態が長く維持できるようにすることで、そのために自分でいろいろ注意しながら生活しなきゃいけないですけど。(それが一番難しい(笑))

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2005年9月28日 (水)

ようやく・・・ Crohn's Disease-8

今日ようやく特定疾患受給証が届きました。

他のクローン病の患者の方のブログを見てると皆さん届いてるみたいだったので先週ぐらいには届くかと思っていたら期限切れ間際に届きました。

明日の外来診察はまだ更新前の受給証で大丈夫なんで問題はないんですけどもう少し早く送ってくれてもいいと思うんですけどね。もっともギリギリに更新の申請をした僕にも問題があるんですけど(^―^)

まあ自己負担限度額も前年度よりもかなり下がっていたのでまだしばらくは月に2度のペースで通院しなければならない身には随分助かります。

でもこういう制度がなければ本当に我々のような病気を持っている人間は困りますね。この前も2週間分の薬代が17万円強、その3割負担で5万円強はかかってると薬局の方に言われました。それが負担ゼロですから本当にありがたいと思います。(もちろんこの制度の趣旨には患者の経済的負担の軽減に加えて疾患の調査・研究の推進も含まれているので過剰に卑屈になることはないとは思いますが)

ただ一方でプライマリー・バランスの黒字化という政府目標のもと例えば障害者自立支援法案の改正のように弱者に対する負担増が顕在化しつつある現状を見ると特定疾患の制度とて恒久的に維持されるのか不安になります。実際平成15年10月からはそれまで一律だった自己負担額が改正され、家計所得による段階的な自己負担額制度が導入されましたし、また軽快者概念の導入など少しずつ負担は増えつつありますのでこうした制度が維持されなくなる、あるいはそこまではいかなくても患者負担が増えることは十分に想像できることだと個人的には思います。(あくまで僕の勝手な考えですけど)

まあ正直言うと大所、高所からこういう事を考えることよりも自分の体のコンディションを良い状態に保つことがいまの僕にとってはファーストプライオリティーなんですけどね(^―^)

でも患者の一人としてやはり憂慮すべき問題だと感じています。

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2005年9月27日 (火)

世知辛い世の中

9月27日付けの朝日新聞に新宿東口での募金活動が禁止されているという記事がありました。

掻い摘んだ記事の内容はマナーの悪い募金団体が増えまた最近では偽募金団体などの事件もあり警察が許可を出さなくなっているということのようです。なかには無理やり財布からお金を抜き取られそうになったという人もいるそうでちょっとびっくりしました。

ただたしかに募金活動って微妙な部分がありますよね。もちろんまじめに活動をされている団体(例えばあしなが育英会など)もありますが素性の分からないような募金団体とかもあって何となく募金をすることを躊躇ってしまいます。

むかしコンビニでバイトしてたときレジの前においてある募金箱にやたら難癖をつけてきたおやじがいてその時はなんかすごく嫌な気分になりましたけどそういうメンタリティーを持ってもしょうがないのかなあとさえ最近は思うのです。(こういう自分は嫌なんですけど)

もちろん困った人がいれば助けるという互助の精神って大事だと思うんです。ちょっと違うかもしれませんが僕も大学院時代に日本学生支援機構(旧日本育英会)で奨学金を借りて学生生活を過ごしてましたから。(奨学金はちゃんと返還してますよ)だから自分もできるだけ困った人がいたら助けたいなあと思うのです。(まあ綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが)

ただ一部不心得な人間、団体がいると聞いただけでそういうモチベーションが萎えてしまうんですよね。白い布に一滴落ちた黒いインクが染み渡るようにすべてがそう見えてしまうんですよね。だから自分のなかに躊躇いが生まれるという悪循環。(もちろんこれは誰が悪いのでなく僕自身の問題だと認識してますが。)

でもこういう状況はやはり問題ですよね。それこそ先にあげたあしなが育英会の運営も決して楽ではないという話を聞いたことがあります。また僕もややこしい病気を抱える人間ですけど海外で移植医療を受けなければならない方にとっても大勢の人が集まる場所で募金活動ができないというのは切実な問題でしょうし。

まあ結局こういうことをどう判断するかは人それぞれの価値に委ねられる部分ですから結論などは無いかもしれませんが自分の気持ちに素直に行動できる人間でいたいとは思います。

ただこういう記事を見ると『正直者がバカを見る』社会に成り下がっている日本の社会の現状に嫌気がさします。何とも世知辛い世の中になってしまったなあと。

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2005年9月26日 (月)

これって良いことなの?

先日WHOが世界中で太りすぎの人が10億人以上いて2015年には15億人にまで増加するということを発表してましたね。

世界の人口の約6分の1が太りすぎ、端的に言って「肥満」ということですからやはり多いなあという印象は拭えません。

と言ってる僕もかつてはBMIが27ぐらいある肥満でしたからそういう人たちに対してあんまり非難めいたことは言えません。(ちなみに今は19ぐらいです)

この肥満ということに関連して産経新聞に面白い記事を見つけました。

記事の内容はアメリカの公立小学校の約3分の1に当たる約3万1千校が、9月の新学期から米ファストフード最大手マクドナルドが作成した体育授業のプログラムを導入しているというものです。プログラムの内容は 日本の「だるまさんが転んだ」や、バスケットに良く似たオランダのスポーツ「コーフボール」など世界各国の伝統的な遊びを紹介するものらしいです。

でこのプログラムそのものは受け入れ先ではおおむね好評のようなんですがこうしたプログラムが導入された背景がなかなか面白いと言うか何と言うか。

いま全米の6-19歳の子供の31%が肥満か肥満予備軍らしいのですがその主たる要因としてハンバーガーなどのファストフードがやり玉に挙がることが多い。でマクドナルドでは正しい食生活と運動を欠かさないことが健康を維持するためには重要だということを継続して訴えたいとしてこうしたプログラムを作成したようなのです。

一見子供たちの健康を考えた活動でものすごくいい事のような気もします。が冷静に考えてだったらもっと子供たちの健康を考えた食品をマクドナルド自身が商品化し発売すればいいんじゃないかと思うのは僕だけですかね。

マクドナルドはフードカンパニーであってヘルスカンパニーではない。だったら食というものを通じて子供たちの健康にコミットメントすることこそが企業としてあるべき姿に思うのです。

別にマクドナルドを非難してるわけではないですよ。僕もクローン病を患うまではかなりお世話になってましたし。たぶん病気して無かったら今でも間違いなくお世話になってましたし。(これから先はマクドナルドに限らずfastfoodはNGですけど)

ただ何となくこういうことって姑息な気がしてしまうんですよね。何となくいいことやってますよ的な発想とでも言いますか。自己満足と言いますか。

当たり前ですけど肥満の原因が一方的にマクドナルドをはじめとする企業にあるわけではなくもちろん食べてる本人にも問題があるわけでそのあたりのアメリカ社会のルーズな部分に問題を感じないわけではないですよ。

ただ企業の側もこうした問題が大きな社会問題になりつつあるわけですから(すでになっているかもしれませんが)もう少し正面から取り組むべきだと思うのです。(もちろんアメリカのマクドナルドはビッグサイズのドリンクを廃止したりしてますから全く取り組んでないとは言いませんが)

まあ僕のバイアスがかかった見方かもしれませんしもっと素直にこうした取り組みを評価すべきなのかもしれませんが個人的にはもう少し違うアプローチの仕方があるのではないかと思いました。

(改めて言うまでも無くこれはあくまでもアメリカのマクドナルドの話で日本とは関係ないですから。誤解の無いようにお願いします。)

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2005年9月25日 (日)

ホームドクター

9月25日付けの朝日新聞に気軽に家族の健康のことを相談できる身近な医師、いわゆる「ホームドクター」を地域ぐるみで育てようというNPO法人が誕生したという記事が掲載されていました。

昔はわりとこういう存在のドクターが身近にいましたよね。僕もかつて、と言ってももう20年以上も前ですが近くの小児科医がそういう存在でした。

軽い風邪や腹痛を起こすと母親は僕をその診療所に連れいていき診てもらう。もちろん大病院じゃないので待ち時間も少ないしまたじっくり丁寧に診察をしてくれたと後々母親から聞いたことがあります。また育児に関する相談事も親身になって聞いてくれたそうです。

最近どうされてるのかと思ってたらまだまだ現役で先日も近くに住む姉の子供(ぼくの甥と姪ですが)が軽い風邪にかかったとき診てもらったそうです。まあずいぶん年齢は重ねられたそうですが今なお僕のことを覚えてくださってたようで、その話を聞いたときは少しうれしくなりました。

こういうドクターの存在が最近はめっきり減ってしまってるようです。医療の専門化、細分化が進みまた患者自身の大病院、専門医志向が強まったことがその背景にあると記事にはあります。

たしかに僕が患ってるクローン病のようなマイナーな病気はどうしても専門医にかかる必要があります。そのほかにもその病気を専門にしているドクターに見てもらうほうが患者にとって安心感があることも十分に理解できます。

ただこれから一層の少子高齢化社会を迎えるにあたり気軽に健康相談ができる「ホームドクター」の存在意義はより高まってくるのではないでしょうか。仮に在宅医療が必要となった場合でも近くに信頼できる医師がいるというだけで安心感が違ってくると思いますし。

またこうした取り組みがもっと広がりを見せ地域に根付いていく事でさまざまな問題が顕在化しつつある日本の医療全体にもよい影響があるのではないかと思います。

ですからこうした活動が医療をする側、受ける側双方の協力のもとうまくいくことを願ってやみません。

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2005年9月23日 (金)

『最初の入院』③ Crohn's Disease-7

人生初めての入院生活は検査と退屈の日々だった。

最初の2日ほどは相変わらずの貧血状態でボーっとしていた時間が多かったが次第にその状態が解消されるのに比例して時間を持て余すことが多くなっていった。また貧血状態がひどいという事で有無を言わさず個室への入院を余儀なくされたということもあってほとんど他の患者と顔を会わすことがなかったこともそうした時間が増える一因だったかもしれない。もっともあまり他人と積極的にコミュニケートすることが得意ではないことを鑑みるとそれはあまりデメリットではなかったかもしれないが。

もうひとつ退屈を生み出す要因は絶食であったということだと思う。入院したその日から退院する3日前までの9日間一切食事をすることができずIVHで高カロリー輸液をひたすら注入される状態が続いたが食事ができないことがこれほどまでに辛い事かと改めて感じた。それは単に食べられないということの苦痛ではなく食事をするという行為が生活のリズムを生み出すものであり、それがなくなることでこれほどまでに一日のリズムを作る事が難しくなるという事の辛さであった。まあこのことは食べるということに対する認識を改めるよいきっかけになったことで自分にとってはよい経験ではあった。

そうした退屈な時間も検査のある日は多少時間がつぶれるという意味でありがたかった。入院中に行った検査を列挙すると胃カメラ→小腸造影(小腸X線)→大腸ファイバー(2度目)→注腸X線という順番で検査が行われた。おそらくクローン病を患ってる患者にとってはスタンダードな検査であり多くの方が受けてる検査である。この他にも腹部のCTを1度、IVHの確認のためのレントゲンが1度、採血が3度ほどあった。まあ入院生活が初めてなので当然どの検査も初めての経験で(採血も2度ほどしか経験がなかった)検査の前にはビビり根性丸出しに検査の説明に来てくれる看護師にしつこいぐらいに検査内容を聞くこちらの姿は多分滑稽に映ってたのではないかと今になって思う。

これらの検査の中でやはり一番辛かったのは小腸造影である。前日ドクターに検査の詳しい内容を聞き鼻から管を通すだのそこからバリウムを入れるだの決して楽な検査ではない事は知らされていたがそれでも去り際「まあ麻酔するからそんな辛いことはないと思うよ。」という言葉に多少安堵していた。ただそれでも検査当日は朝からどこか落ち着かない事は自覚していた。いつも病室に来たときはお互いにバカ話をしてこちらの鬱屈した気持ちを和らげてくれていた看護師のkさんともその日はあまり話もせず「体調悪いんですか?」と余計な気を使わせてしまうような状態であった。それでも前日のドクターの言葉を信じ検査室まで送ってくれたkさんともそこに向かうまでの間くだらない会話をするぐらいには平静になっていた。

検査室はやはり静かであった。入るなり検査技師に「これに着替えて待っていてください。」と声をかけられ検査服を渡される。手早く着替え近くにあったいすに腰掛け待っている。すぐそばに相当長い管が置いてあったのが目に入った。これを鼻に入れるのかと思うと多少げんなりしたが「まあしょうがねえなあ」とそのときには軽く達観した気持ちになっていた。検査技師が再び現れる。おもむろに「検査の内容についてお聞きになってますか?」と言葉をかけてくる。その唐突さに刹那どきりとしたが「はい。一応聞きました。」と答え続けて「麻酔してもらえるんですよね?」と聞き返した。しかし検査技師は「いや。麻酔はしません。検査中体をご自分で動かしてもらわないといけないので。」とつれない返事。その瞬間「いや、先生は麻酔するって仰ってたんですけど。」というこちらを気にすることもなく「いやー。しないですよ。」と検査の準備をしながら軽い笑みを浮かべながら答える。それを聞きなぜか絶望的な気持ちになり「あー、そうですか。」と弱々しく答える以外の言葉の選択肢が浮かばなかった。そんなこちらの気持ちを察することもなく「このゼリー、吸ってもらえますか。」とチューブに入ったゼリーを渡される。もはや検査技師の言いなりに時を進めるしかない僕は言われるがままに行動する。続けてチューブが鼻に差し込まれる。「奥までいってぶつかったら吸ってください。」という言葉を受け鼻を吸うがうまく通らない。鼻の穴細いね。」と隣で検査技師がぼそっと言葉を漏らすがこちらはそんな言葉に反応する余裕などない。ともかくも無理やり鼻の穴をチューブが通りのどのあたりに近づくと「ごっくんしてください。」とガキを諭すような口調で言葉をかけてくる。またしても言われるがままつばを飲み込むと同時にチューブがのどを通過する。おえー」と何かがのどの奥から出てきそうな感覚があったが実際には吐き気止めを飲んでたので何かを吐くということもなかった。その代わりに無意識に涙が一筋流れてきた。

そのあと検査は1時間半続いたがあまり記憶に残っていない。一応言われるがままに体を動かしバリウムが入ってくる気持ち悪さと圧迫感は朧げながら記憶しているし検査後「この検査は腸管系の検査では一番きついからね。」と検査技師から言葉をかけられたことも何となく覚えているがそれも夢のような気さえしていた。検査中もう一人の担当医であるYドクターも検査の様子を見に来ていたらしいがそのこともこちらは全く覚えていなかった。検査後疲れ果て病室のベッドで横になっていた僕に検査結果を伝えにSドクターが来たとき「昨日の説明と違うやん。」と一応文句を言ってみたが「あっ、そうやったん。あれ麻酔したはずやけどなあ。」ととぼけてるのか本気で知らなかったのか定かではない表情を浮かべられるとこちらもどうでもいい気持ちになっていた。

結局すべての検査を終え『大腸型クローン病』という診断を受けた。横行結腸に狭窄が見られるがその他の部分に関してはそれほど深刻な状況にはない。食事に関してはいろいろ制約をしてもらわなければならないが病気の程度としてはそれほど深刻なものではないという説明を受けた。そして当初は1ヶ月はかかるかもしれないと言われていた入院期間も12日間で退院することになった。(ちょうどゴールデンウィークに入るときで病院も休診という事情もありましたが)

こんな感じで僕の人生最初の入院生活は終わった。正直クローン病という病気の煩わしさは入院中よりも退院してからの方が強く感じている。好きなものを食べられないストレス、いつ再発するかわからないというストレス、周りになかなか理解されないというストレス。もちろんそれが病気を再発するリスクファクターになることを理解していてもなかなか割り切れないもどかしさを感じてさらにストレスがたまる。もっと穏やかに緩やかに生活できればいいのだろうけどそんな術も持っていない。でもうまく病気と折り合いをつけて生きていくしかないと自分を納得させともかく毎日時間をすごしている。

_________________________

3回にわたりくだらない文章にお付き合いいただいた方ありがとうございました。m(_)m

このブログを見てくださっていた方はその後の不摂生がたたり僕がイレウスで入院していたことはご存知だと思います。まあ今はコンディションもよくなってきておかげでこうやってブログに昔の事を書こうという気力も出てきました。

これまではあまりクローン病について書いてこなかったんですがこれからは多少頻度を増やして患者として他の方にも病気のことを知ってもらいたいなあと思ってます。

ほかにも興味をもったり、あるいは関心がある事についてできるだけ毎日(あくまでもできるだけ(笑))更新したいと考えているのでお暇なとき覗いてください。お願いしますm(_)m

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2005年9月22日 (木)

『最初の入院』② Crohn's Disease-6

検査室は異常に静かだった。

それもそのはずでその日の検査はすでに終了していて僕の検査は急遽行われたものだったからである。(ドクターから後日聞いた話ですが)

中には中年の女性のドクターと中堅どころの看護師二人が待っていた。おもむろに看護師からハーフパンツを渡されてこれに着替えてくれと言われる。それは一方が開くことのできるものであり男の習性として当然そちらが前かと思ったが「開いてるほうをおしりの方にしてはいてください。」という看護師の言葉で「あー、ここからカメラ入れるのか。」とひとり合点しふらつく体を壁で支えながらズボンを着替えた。

しばらく検査室に備えられているトイレの横で待たされてが不意に便意を催してきた。「あのー。トイレしたいんですけど。ここ使っていいんですか?」相変わらず蚊の鳴くような弱々しい声で看護師にたずねると「どうぞ。使ってください。」とこちらとは対照的な明瞭な返事が返ってくる。便座に座り軽くいきんだだけで下痢気味の便が出る。しかしそれは便ではなくはっきりと分かるほどの下血であった。すいません。また下血しました。」さっきよりいっそう弱々しくなった声でそばの看護師に声をかけると「そのままにしておいてください。先生に見てもらいますから。」という言葉が返ってきた。

しばらくするとメガネをかけた中年女性ドクターが現れる。あー。結構出てるね。」もちろんそれが便ではなく血をさしていることは言うまでもない。なぜか分からないが不意に「がんですかね。」という質問が自分の口から出てきた。しかし女性ドクターは「いや。あなたの年齢ではそれは無いと思うよ。まあ検査すれば分かるから。」と多少笑顔を携えながら明瞭な言葉をこちらに返してきた。しかし昨夜から続く下血を目の当たりにしている現実がその言葉に安心するような気持ちにはさせてくれなかった。

検査台に移されると何かの注射(確か筋肉を弛緩する注射だったと思うが)をされすぐにおしりの穴からカメラが入ってくる違和感を感じた。と言ってもそれは文字通り違和感程度のもので痛みを感じたりというものではなかった。僕の目の前には自分の大腸が映し出されているモニターがあるがそれを見る余裕などとても無かった。唐突に自分の背後にいるドクターから「奥までカメラが入ったからこれから大腸の様子見ていきますね。」と声がかけられる。はい。」と答えたような記憶があるが定かではない。すると突然腹部に痛みが走る。思わず「うっ。」と声を出すこちらに「ちょっと痛いと思うけど我慢して。」というドクターの声。しかしそれはちょっとなどというものではなくしだいに強さを増すそれに脂汗がはっきりと感じられた。こちらの苦痛などかまわず検査は続く。うっ。」「はー。」「ふー。」その姿は陣痛の始まった妊婦のようなものであったかもしれない。(僕は出産に立ち会った経験はありませんので想像ですが)

「はい。終わりました。」どれほどの時間がたったのか分からないがともかくも唸り身をよじり苦痛に耐えた時間は終わった。しかしすぐに検査台から起き上がる気力も無くしばらく放心したような状態で検査台に横たわっていた。「ゆっくりしてていいですから。」と言う看護師の言葉を背中に受けそのまま眠ってしまいたい衝動に駆られたが「いや。大丈夫です。」とほとんど無い気力を振り絞り検査台から起き上がり乗ってきた車椅子に腰を下ろす。

しばらく車椅子に腰掛けた状態で時間をすごした。その間何を考えていたかは覚えてないが多分やばい病気であることは想像ができた。その中には当然のようにがんという事も含まれていた。

「えーっと。」その言葉とともに僕の横に近づいてきたドクターの手には数枚の写真があった。たぶんクローン病だと思うよ。」何気に発せられたその病気の名前を僕はもちろん知っているわけも無い。クローン病?」こちらの訝しげな表情と言葉に「たぶんね。この病院に詳しい先生いるから後で見てもらうけどおそらくカメラで見る限りではそうやと思うよ。」という言葉が返ってきた。がんじゃないんですか。」また無意識に出てきたこちらの言葉に「それはないよ。」と決して繕った感じではない笑顔を見せ言葉を返してきた。その言葉に瞬時安堵感があったがしかしそれはクローン病という病気を詳しく知るまでのものでしかなった。

検査室から内科外来に戻ると先ほどのじいさん医師ではなくメガネをかけた中年医師が待ち構えていた。あなたを担当しますSと言います。よろしく。」言葉を返すことなく軽く会釈したこちらにかまわず「先ほどO先生からも聞いたと思うけどおそらくクローン病という病気です。」となぜか自信にあふれた様子で話をする。続けて「この病気は少し厄介な病気なんです。まあまた入院されたら詳しく説明をしますけど。」という言葉をさえぎるように「入院ですか?」と弱々しく尋ねる。今思えばあの状況で家に帰れると考えた浅はかさを恥じる気持ちがあるが何とか入院だけは避けたいという気持ちがあった事は間違いない。こちらのおろかな言葉に多少語気を強めて「もちろん入院です。しばらく食事もできませんよ。こんな状態で家に帰れないですよ。」とすこしあきれた表情も浮かべながら言葉が返ってきたのはある種必然であった。

そこから先は病気の説明、これからの治療の方針、検査の説明等があった。クローン病を専門とする(厳密には大腸全般の専門ですが)医師だけに明瞭かつ丁寧な説明があったがはっきりとこちらが理解し受け入れるには時間が短すぎた。突然聞いたことも無い病名を告げられ、人生初めての入院を余儀なくされた状況に軽くパニックになってもいた。ましてやひどい貧血状態の頭では十分に理解することも不可能であった。しかしこちらのそうした状況などかまわず確実に時間は進む。家に連絡が入れられ入院の手続きがとられあわただしくいくつかの検査が行われた。そして相変わらずの貧血状態を感じながら車椅子を押され入院する5階の内科病棟へと向かった。

(続く)

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2005年9月21日 (水)

『最初の入院』① Crohn's Disease-5

二度目の入院話を書いてから最初の入院の話を書くのは何となく本末転倒な感じもしますがとりあえず記録として残す意味も含めて書いておこうかと思います。ただ長くなりそうなんで3回ほどに分けて書きたいと思います。

2004年4月20日朝

リビングでおそらく生涯最後の1本となるマルボロライトをくゆらせながら悩んでいた。病院行くべきか行かざるべきかと。

本当はそんな選択の余地は無かった。前夜ありえないぐらいの量の下血をし耳鳴りを伴う重度の貧血に襲われ、這うようにして自分のベッドにもぐりこみともかくも朝になったらよくなっているだろうという何ら根拠の無い思いを抱き朝を迎えたが状況が良くなっているわけも無かった。

それでも病院にいくことをためらっていたのは無類の病院嫌いであるという僕のメンタリティー以外説明できる要素は無い。ともかく子供のころから病院が嫌いだった。何かトラウマになるようなことがあった記憶は無いが熱を出そうが腹が痛かろうがともかく市販の薬で治すことをおそらく十数年続けていた。だからこの期に及んで病院に行くのは何となく自分のプライドが許さなかった。と言えばなんかかっこいいが早い話根性なしで病院で何をされるか分からないということにビビッてたに過ぎない。

しかしゆっくりタバコをくゆらせようが穏やかにホットミルクを飲もうが体調が良くなるわけはない。あげく母親があまりの顔色の悪さにおののいてしまい(入院後看護師にも尋常じゃないほど白い顔をしていたと言われた)救急車を呼ぶ呼ばないと軽くパニックになり始めたので覚悟を決めタクシーを呼び近くの総合病院に向かうことにした。

20分ほど後病院に着く。火曜の外来は適度の混雑振りであったがそんなことを感じている余裕など無い。ともかく初診に伴う手続きをするため受付へ向かう。がたどり着けなかった。受付の手前数メートルのところで足が進まなくなりよろけるように椅子に座り込んだ。「やべえなあー」と思ったところに「大丈夫ですか」という天使の声。見れば看護師がこちらの異変に気づき近寄ってくる。いやーやばいです」と蚊の泣くような声で答えるこちらに間髪いれず「車椅子持ってきますからちょっと待っていてくださいね」という言葉を残し駆け出す天使の看護婦。あとから考えればおよそ天使という風貌ではなかったがそのときは本当にそう感じた。

車椅子に乗せられ運ばれた場所は診察室ではなく内科外来の観察室。ベッドが10床ほどおいてあるスペースで点滴をしたりあるいは少し横になって休む場所のようであるがそのときはそこが何なのかはよく理解してなかった

「どうされました」天使の看護師に代わりいかにもベテランという風体の看護師がこちらに穏やかな笑顔でしかしはっきりとした口調で問いかける。「昨日の夜下血しました。」どのくらい?」「かなりの量です「昨日がはじめて?」はい。いや前々から便に血が混ざることはありました「いつぐらいから?」1ヶ月ぐらい前から分かりました。もうちょっとしたら先生に見てもらいますからね。」

穏やかな笑顔で会話を打ち切り踵を返したその看護師の後姿を見ることも無く視線を閉じるでもなく宙をさまよっていた。もちろんこの会話がはっきり明瞭に成立していたわけではない。おそらくはか細いこちらの声を精一杯理解してくれたんだと思うといまさらながらありがたい気持ちもある。

どのくらい時間が経ったのか定かではないがともかくもすぐにドクターが来るようなことは無かった。その間となりのおばあさんが気持ちよさそうにかくいびきのリズムにこちらはすっかり眠るタイミングを逸してしまっていた。

不意に閉められていたカーテンが開けられ初老の医師が若い看護師とともに現れる。「どうしました?」「いや昨日下血して。」あー、貧血ひどいね。」「だから下血したって言ってるやろ!じじい」と心の中で叫ぶ声は本当の声としては発せられずただ弱々しくうなずくのみであった。とりあえず採血とレントゲンと点滴しとこうか。」と隣の若い看護師に指示をするじいさん医師。しかし次の瞬間「あっ、痔かも知れんな。見とこか。おしり出して。」とさらりと言いだす。「じじい!痔であんなに血が出るか!ぼけ!」という心の声はまたしても実際には響かず無抵抗に「はい。」と若い看護師を意識することもなくおしりをさらけ出している自分が誇らしげでもあった。(当たり前だが痔ではなかった)

それからまたどのくらい時間が経ったのか定かではないがレントゲンを撮り採血をしまたしばらく観察室のベッドで休んでいたがようやく診察室に呼ばれた。入るなりじいさん医師は「うーん。これは慢性腸炎かもしれんな。これだけでは何とも言えんから今から大腸ファイバーやってきてくれるか。」「大腸ファイバー?」そう。おしりからカメラ入れて腸の様子を見る検査。」おそらく普通なら生粋のビビリ根性むき出しでおろおろするところだろうがもはやそんな気も起こらなかった。ただ浮かんだのは「またおしり見せるのか。」ぐらいであった。

こうして一度目の大腸ファイバーの検査に向かうことになる。(続く)

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2005年9月20日 (火)

疲れた

朝からデスクトップパソコンの様子がどうもおかしい。

最近はノートを主に使ってたのでデスクトップの調子が悪いことに気づきながらほったらかしにしておいたがどうもやばい感じになっている。何とかならんもんかと思ったがこういうジャンルに詳しいわけでもないのであきらめて初期化することに。

初期化自体は簡単にできたがその後メールの設定やらADSLの設定やらプリンターの設定やら何かとあって結構時間がかかってしまった。

あげく友達のメルアドを控えてなくて携帯メールでアドレス送ってくれという連絡もしなくてはならず本当に疲れた。

本当は違うことを書こうと思ってたんですが今日は疲れたのでこんなどうでもいい話を書いてしましました。つまんない話でごめんなさい(笑)

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2005年9月17日 (土)

ネガティブイメージ

9月17日付け朝日新聞に興味深い記事がありました。

記事の内容は「プロ野球で『先頭バッターに対しては四球より打たれた方がまし』であるというのは統計上当てはまらない」というものです。

ディテールに関しては記事を読んでもらえればと思いますが調査をした神戸大学の加藤英明教授によると先頭バッターを四球で出すよりヒットで出す方が得点される可能性が高いということらしいです。

確かに先頭バッターのファーボールは失点につながるというイメージはありますよね。前タイガース監督星野SDも再三そういう話をされてましたし。

しかし実際に数字で見るとそうでは無い。つまり我々が持つイメージと実際とは乖離している。(乖離というとオーバーですが)

この記事を見るとおそらく人間のイメージというのは多分に都合よく作られているように感じました。実際はそんなに悪い状況でもないのに過度に悲観してみたり、あるいはその逆もあったり。

先頭バッターをファーボールで出すと確かに相手にチャンスを与えることにはなります。でも実際はファーボールでランナーを出してもすぐに得点になるわけではない。その後バッターに打たれるなりしなければ得点にはならないわけですから本当はそれほど悲観する状況には無い。けれども先頭バッターファーボールというネガティブイメージがそのシチュエーション以上に状況をより悪化させてしまう。

こういうケースって我々の生活の中でもたくさんあるように思います。こういう時代だと自分の人生を過度に悲観してみたりすることも少なくない。けれどもそのネガティブイメージがより状況を悪くしてしまっていることが多いような気がします。本当はそれほど悪い状況でもないのに勝手に自分で悪くしていること。そういうこと少なくないと思います。

もちろん過度に楽観することも良くないでしょう。あまりに現実を直視しない生き方は個人的には好きではないですし。でもポジティブイメージを持つことで状況が半歩でも前に出られるならその方が絶対にいいわけですから。

僕も病気をしたとき「なんで俺が」と思いました。正直言えば今でもそう思うときがあります。取り返しのつかない現実に行き場の無い鬱屈感もあります。誰かに当り散らしたくなるときもあります。

でもそう思っても何にも進まないんですよね。ネガティブにとらえても何にもすすまない。確かに病気を受け入れる事は容易ではないです。でもそれが前に進む一歩である。最近ようやくそんな心境になりつつあります。(病気をしてから一年半もたってますが(^―^))この病気のおかげで大腸がんになるリスクは減ったなぐらいのポジティブなことも考えられるようになってきましたし。(あっ、医学的な根拠は無いですよ。ただいろいろ食事の制約(肉系は基本的にNGなんで)をしてるのでその分リスクは減ってるのかなあと自分で思ってるだけですから。何の根拠があるんだとかクレーム言わないでくださいね(^―^))

それに病気をしたことで今まで全く無頓着だった医療費を含めた医療全体の問題とかに多少関心を持つようにもなりましたし、ブログなんかを通じていろんな人ともコミュニケーションができたりする。こういうことも病気の恩恵だと今は思えるようになってきましたし。

もちろん僕自身弱い人間なんで全くポジティブに考えてるわけでは無いですよ。将来を考えると決して楽観できるような状況には無いですし。それに食卓でうまそうに焼肉食ってる家族に殺意を覚えることもありますしね(^―^)

それでも持っているイメージがポジティブなのかネガティブなのかによって結果が違ってくるのだとすれば当たり前ですけど少しでもポジティブに考えたいですよね。

『やっべー、先頭バッターにファーボールを出してしまった』というのではなく、『わざと出してやったんだよ。あと抑えりゃいいんだろ』と思うぐらいに。

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2005年9月16日 (金)

『微妙な違い』 Crohn's Disease-4

今日は朝から薬を受け取りに薬局へ。

昨日外来診察の後薬局に寄ったんですが如何せん特殊な薬もあるんで在庫が無い。という事で全てそろうまでに一日かかってしまったわけです。

でその薬局は初めて行ったんですがこれまでと同じ薬なはずなのに何故か微妙に違う。

例えば

プレドニンパッケージが異なる

アザニンイムラン

ラニタックザンタック

という具合に。

まあ成分が同じで名前やパッケージが違うだけなんで全く問題ないんですけどなんか違和感があるような無いような。

もっとも効いてくれればそれでいいんですけどね。

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2005年9月15日 (木)

『やっぱり・・・』 Crohn's Disease-3

今日は退院後初めての外来診察を受けに病院へ。

一応9時30分に予約をしてましたけどそんな時間通り診察を受けられるなんて奇跡に近いわけでまあ診察まで1時間半ぐらいはかかるだろうと思い一昨日買った角田光代さんの「空中庭園」の残りを読みながら時間を潰すことに。

で読み始めてしばらく、たぶん10分ぐらいして不意に名前が呼ばれる。なんかトラブルかと思いきや「診察室にどうぞ」という奇跡的な言葉が僕の耳に届く。時計を見ると9時40分「すげーついてるよ!!」と心の中で叫びながら診察室へ。

診察自体はいつもどおり。とりあえずこちらの今のコンディションを確認し続いて触診。まあ問題ないねという主治医の言葉で診察も終焉に向かうはずであった。

が唐突に「あっ、ごめん採血しとかなあかんわ。いまから採血ルーム行ってきて。」という非常な言葉が主治医から発せられる「えっ、いまから・・・」と囁くように発した言葉をさえぎるように「うん、悪いけど今から行ってきて。」と言葉をかぶせられる。

この瞬間1時間以上時間が潰されることが確定。結局診察すべてを終えたのが11時半を過ぎていて会計を終えたときは12時近く。いつもどりの3時間コースでした。

採血の結果はCRPが0.1以下をはじめとして特別問題なし。免疫抑制剤の副作用も今のところは大丈夫そうだということで一安心。まあ副作用に関してはこれから時間をかけて出るかもしれないんですけどね。

ただトラブルというかちょっとした問題が。まあ問題というとオーバーですけどわが病院は院内薬局ゆえに処方箋を書く習慣がドクターには無い。しかし特定疾患は院外薬局では薬代負担がゼロになるわけですけど院内薬局だと自己負担になる。どうもそういうシステムをドクター自身が知らないみたいで処方箋を書いてもらうのに時間がかかってしまいました。聞けばいままで書いたことが無いらしい。もっともこれはドクターの問題というよりはこういうシステムを把握してない病院自体の問題でありそれを所管する保険所の問題なんでしょうけどね。

しかしうちの病院は結構クローン病患者がいるらしいんですけどどうされてるんですかね。(クローンだけでなく潰瘍性大腸炎も多いらしいですが)そっちが気になりました。皆さん薬代自己負担されてるんでしょうかね。バカにならないお金だと思うんですがね。

まああれこれあったんですけどひとまず検査の結果も問題なくほっとしているところです。

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2005年9月14日 (水)

久々に

久々にHair Salonへ。

朝9時OPENの店なんで9時過ぎに行ったんですが思ってよりも客がいて少し待たされましたがまあわりとすぐに順番が回ってきました。

だいたい1ヶ月半から2ヶ月に1回ぐらいのスパンで髪を切ってたんですが今回は先月入院してたこともあって3ヶ月弱ぶり。ということでいつも髪を切ってくれる店長も「えらい伸びたねー。」というのが第一声でした。

せっかく伸びたし軽くしてもらうだけにしようかとも思ったんですが、いかんせん癖毛なもんで長いと自分自身がうっとしい。でやっぱりいつもどおりに短く切ってもらうことに。

しかしHair Salonの雰囲気っていつ行ってもなじめないというか疲れますね。もう10年以上同じところで切ってるのでいい加減なじんでもよさそうなんですけどどうも難しい。

髪を切ってくれる店長は中学の先輩でもあるんで結構いろいろ話をするんですけど毎回微妙に違うアシスタントの子とかになると本当に気疲れします。しかも地方の出身の子がわりと多いんで田舎の話をされたりするとどうしていいかわかんないです(笑)

こちらは客なんで別に気を使う必要なんて無いとは思うんですけど一生懸命話をしてくれる女の子に無愛想にしてるのも申し訳ないんで何とか会話をしてるんですけど正直さっさと終わって帰りたいんですよね。

まああちらも客商売ですからいやいや会話をしてるのかもしれませんしそう考えるとかわいそうな感じもしますけどね(笑)

しかし今日改めて思ったのはこのHair Salonに行き始めたころ体重が75Kgぐらいあったんですよね。それが今は55Kg。10年一昔とは言いますけど本当長い時間ですね。

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2005年9月13日 (火)

新陳代謝?

久しぶりに BOOK OFFで本を売って新しい文庫本2冊購入。(写真の2冊です)

ハードカバーの本8冊売って文庫本2冊なんで多少虚しくなりますが本の新陳代謝?だと思えばまあいいかと自分を一応納得させてます。

でも本音言うともうちょっと高く買いとってほしいんですけどね。200509131148000.jpg

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2005年9月12日 (月)

なるほどと思えたこと

衆議院選挙、自民党の歴史的圧勝でしたね。

この結果について個人的には必ずしも望ましいものだとは思わないですが、結果として300近い議席が自民党に与えられたわけですからどう言おうとも国民が自民党を支持した(厳密には小泉党かもしれませんが)事は否定できない事実です。

この選挙結果に関してはおそらくテレビや新聞等で様々な方がコメントされていると思うのですがその中で9月12日付朝日新聞夕刊に掲載されていた作家高村薫さんのコメント、「今回の選挙で『無党派層』は<リベラル>だと思っていたのは大いなる勘違いで実は<保守>であったとはじめて気づいた。」という言葉はなるほどと思えるものでした。確かにこれまで『無党派層』とは改革を求めるリベラルな人間のカテゴリーだという認識が強かったと思いますが今回の選挙ではそうではなかった。もちろん今回の選挙は自民党が改革政党で民主党が反改革政党であるかのようなイメージが終始付きまといその意味ではこれまでとは根本的に違っていたと言えるかもしれませんが冷静に両党の政策(マニフェスト)を判断したときそうではないことは理解できることでした。しかし結果として自民党が大勝した事を見ると高村さんの「日本人は無意識的保守である」という言葉もなかなか説得力があるように思うのです。

ただ一方でこういう現象こそが現代の日本人の本質なのではないかとも感じます。同じ朝日新聞の精神科医の香山リカさんの言葉を借りれば「勝ち組にいなければならない不安」それこそが『郵政民営化』しか語らなかった党にこれだけ多くの国民がファナティックに支持をした要因だと思うのです。この勝ち組意識を別な言葉で表現すればmajority syndromeと言えるかもしれませんが、要するに多数にいることの安心感こそがある種日本人としてのアイデンティティーなのではないか。今回の選挙を見ると強くそのことを感じました。そしてそれこそが今なお日本社会が閉塞感に包まれている確たる証拠ではないかとも思うのです。

まあどうあれこれから最長4年間このスキームが維持されるわけですから望んだ人も望まなかった人もしっかり見続ける責任を果たすことが求められているわけで、その意味ではこれからが本当の意味での国民の資質が問われるのかもしれませんね。

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2005年9月10日 (土)

大切な事

キマニ・ンガンガ・マルゲさん(85歳)という方をご存知ですか。9月10日付の朝日新聞に記事が掲載されていたのですが知ってる方は少ないと思います。僕も全く知りませんでした。

この方『世界最高齢の小学校入学』のギネス記録を持つ方だそうです。記事によれば2003年にケニアで小学校の授業料が無料になったのをきっかけに84歳で小学校に入学。英語やスワヒリ語、算数などを学ばれているそうです。

そしてこの度国連特別総会で義務教育の無料化の重要性を訴えた文章を国連事務総長宛てに提出するためニューヨークを訪問するというのが記事の内容でした。

こういう記事を目にすると何か微笑ましい穏やかな気分になる一方で、学ぶという事がサブ・サハラ・アフリカをはじめとする最貧国では決して容易ではない現状を知る事になります。

もちろんセンチメンタリズムでこうした問題を捉えるべきではなく冷徹かもしれませんがある種の客観性を持って考えるべき事だと僕は理解しています。すなわち現実的にはアフリカの途上国における開発のプライオリティーとして教育的環境の整備が必ずしもファーストプライオリティーではないという事です。

しかしそれでも学ぶという自由が与えられるのは十分な栄養や安全な衛生環境を与えられるのと同等に人間生活において重要である事は改めて指摘する必要もありません。UNDPが示すHDIの指標にも教育的な要素が含まれていることはその事を示す一端です。

アフリカの貧困に目をやるとき我々はおそらく十分な栄養が与えられない、あるいは満足な衛生環境にないことにばかりに目が向けられます。しかし自由に学べるという環境が人間のキャパシティーを拡げるという意味においてもっと重要視されるべきだと思います。おそらく文字を書けるだけで、あるいは読めるだけでその人の可能性は大きく拡がるわけですから。

そうした意味でも我々は自由に学べる環境を享受している幸せをもっと大切にしなければならないですね。当然のごとく享受している自由は実はとても大切なものであると。自省と自戒を込めてそう思ってます。

今日9月10日はWHITEBAND DAYです。こうしたイベントを通じて多くの人がアフリカの現状に目を向ける良い機会になればと心から思います。そして多くの人がアフリカについて考えることができればとも思います。

まったくの余談ですが僕の友人Kenは教員を目指してます。彼から教育に対する思い、ビジョン、哲学を聞くにつけ彼のような人間が教育者として子供たちに関わってほしいと強く思います。ぜひともうまくいくことを願ってます。学ぶという事について書いたのでどうしても触れておきたかったので。ken、名前を出してごめんね(笑)

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良識的な判断

今日阪神タイガースの星野SDが来年もタイガースのSD職に留まるという表明をされましたね。

個人的にはファンとしての感情論的な問題よりももしジャイアンツの監督に就任するなら『利敵行為に抵触する』と考えていたので極めて良識的な判断をされたと思います。同時にそうした良識をきちんともたれている星野SDにはタイガースというしがらみから解放し大局的な立場でプロ野球に関わる立場(コミッショナーとは言いませんが)に開放する事が必要だと改めて思います。

しかしジャイアンツは一体この後誰に監督を頼むのか。星野SDは「就任依頼はない」と言われてたそうですが常識的に考えてそれは考えにくい。とすると次の監督候補ははっきり2番手というレッテルを貼られてるわけです。そういうシチュエーションで監督を頼まれて快く引き受けるほどのお人よしがいるのか。

まあチーム作りにおよそビジョンの無いジャイアンツらしい顛末だと思いますけどね。いっそチームを解体する覚悟で野村克也前タイガース監督はどうなんでしょう。いまあるタイガースというチームは野村時代に種を蒔き水をやった事に起因していることは本当のタイガースファンなら知ってますから。

まあ無いでしょうね(笑)。渡辺前オーナーが野村さんに頭を下げるシーンは想像できないですし。ひょっとしたら堀内残留という話で決着するかもしれませんね。

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2005年9月 6日 (火)

どうなるのやら

タイガース星野仙一SDのジャイアンツ監督就任問題、連日スポーツ紙を賑わせてますね。

昨日あたりからは単年契約年俸10億だの、2年契約年俸10億だの、阪神の久万前オーナーにジャイアンツサイドが挨拶に行っただのリアルな話も出始めているのでジャイアンツサイドは結構本気なんでしょうね。

ガキのころからのタイガースファンとしてはこの話まずいと思うんですがね。どこにジャイアンツの監督をやる大義があるのか。さんざんジャイアンツ中心のプロ野球に未来はないと熱弁していた張本人がジャイアンツの監督になるというのはあまりにも厚顔な話ではないかと個人的には思うのです。もちろん星野SD自身は肯定も否定もしてないので外野にああでもないこうでもないと議論されるのは本意じゃないでしょうけど。ただ星野SDのマスコミに対する対応をみてるとおそらく本人はやりたそうですよね。(否定しないというのはそういうことだと個人的に思うのですが)ジャイアンツの監督をすることに何のメリットがあるのかいまひとつ理解しがたいですけどね。星野SD自身は聡明な方でしょうからジャイアンツに対峙することでご自身の存在価値があることを認識されていると思うんですけど。

でこの事に関しては9月6日付けの朝日新聞に掲載された西村欣也氏のコラムにも書かれてました。

西村欣也氏に関しては報道ステーションなどにも出演されていてご存知の方も多いと思うので詳しく紹介しなくてもいいかと思いますが分かりやすく言えば反巨人、反ナベツネ派のスポーツジャーナリストの方です。(厳密に言うと朝日新聞編集委員の方ですけど。確か出身は報知新聞(スポーツ報知)だったと思うのですが)

僕もアンチジャイアンツなのでかつては西村氏のコラムは好きだったのですが、どうも最近の彼のコラムは例えば長淵剛の「とんぼ」の歌詞を引用する形で取り上げた清原選手の話などセンチメンタリズムにも度が過ぎる感じがあってちょっと辟易する感じがしていました。加えて基本的にナベツネをプロ野球の諸悪の根源とするスポーツジャーナリスト(玉木正之や二宮清純など)はとても聡明には感じられない事もあって最近はあまり彼のコラムに興味を持っていませんでした。

ただ今日の星野問題に関してのコラムは的を射たものだと思うのです。全文を引用するのはまずいと思うのでしませんが特に「利敵行為の疑いがある」という指摘。これまでどのスポーツ紙もこうしたことに触れてこなかったですが今年からドラフトは高校生と大学・社会人に分離され高校生のドラフトは10月3日に迫ってるわけです。こういう状況下でタイガースの編成上のアドバイザーでもある星野SDがジャイアンツの監督に就任するのは西村氏が指摘するように確かに問題があるように思うのです。

もちろん西村氏はこの他にも感情論的な問題も併記されて今回の事に関して「違和感がある」と結論付けられてるのですが個人的には「利敵行為に抵触する」という指摘そのものが今回の件に関して大きな問題だと思うのです。

仮にこうした問題を無視し星野SDがジャイアンツの監督に就任すれば独断と横暴で好き勝手にプロ野球のルールを変えてきたジャイアンツにそれを否定してきた星野SD自身が与することに事になるのではないか。そう思われてもしょうがない感じがするのです。

今回のことに関してはおそらくタイガースファンのみならずジャイアンツファンにも何ともいえない嫌悪感があるように聞いています。しかし今回の問題は単なる感情論ではなくプロ野球のモラルの問題も潜んでいることをファンは知らなければいけないと思います。

プロ野球人気の凋落がささやかれるなかこれまでのキャリアと圧倒的な存在感でその問題に対して様々な提言をされてきた星野SD自身がそうした問題に気づいてないとは思わないのですが。

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2005年9月 5日 (月)

『2度目の入院』 Crohn's Disease-2

ここ2週間ほどまったく更新してなかったのは別に忙しかったわけでも、書くネタがなかったわけでも、ブログを書くことに飽きたわけでもなく入院をしてからです。

一度目の入院話を書く前にまさか二度目の入院の話を書くことになろうとはまったく思ってませんでしたが8月25日から昨日9月4日までクローン病の合併症の一つイレウスになり入院を余儀なくされました。

6月ぐらいから調子があまりよくなく時々食事もできないようなときもありましたし、62Kgほどあった体重も57-58Kgにまで落ちていて(ちなみに今日計ったら55Kgでかなりビビッてしまいました(笑))やばいかなあという自覚もあったんですがなかなか病院に行ける状況にはなく、また2-3日するとコンディションが良くなったりしたので何とかなるだろうと甘く考えてました。

しかーし、入院前日から腹痛と吐き気がひどくなりどうにもならない状態でした。とりあえず何か食べようと思ってもとても中に入っていく感じがしない。さすがにやばいなあと思いちょうど担当医の外来診察の日でもあったんで診察を受けに病院