2005年9月12日 (月)

なるほどと思えたこと

衆議院選挙、自民党の歴史的圧勝でしたね。

この結果について個人的には必ずしも望ましいものだとは思わないですが、結果として300近い議席が自民党に与えられたわけですからどう言おうとも国民が自民党を支持した(厳密には小泉党かもしれませんが)事は否定できない事実です。

この選挙結果に関してはおそらくテレビや新聞等で様々な方がコメントされていると思うのですがその中で9月12日付朝日新聞夕刊に掲載されていた作家高村薫さんのコメント、「今回の選挙で『無党派層』は<リベラル>だと思っていたのは大いなる勘違いで実は<保守>であったとはじめて気づいた。」という言葉はなるほどと思えるものでした。確かにこれまで『無党派層』とは改革を求めるリベラルな人間のカテゴリーだという認識が強かったと思いますが今回の選挙ではそうではなかった。もちろん今回の選挙は自民党が改革政党で民主党が反改革政党であるかのようなイメージが終始付きまといその意味ではこれまでとは根本的に違っていたと言えるかもしれませんが冷静に両党の政策(マニフェスト)を判断したときそうではないことは理解できることでした。しかし結果として自民党が大勝した事を見ると高村さんの「日本人は無意識的保守である」という言葉もなかなか説得力があるように思うのです。

ただ一方でこういう現象こそが現代の日本人の本質なのではないかとも感じます。同じ朝日新聞の精神科医の香山リカさんの言葉を借りれば「勝ち組にいなければならない不安」それこそが『郵政民営化』しか語らなかった党にこれだけ多くの国民がファナティックに支持をした要因だと思うのです。この勝ち組意識を別な言葉で表現すればmajority syndromeと言えるかもしれませんが、要するに多数にいることの安心感こそがある種日本人としてのアイデンティティーなのではないか。今回の選挙を見ると強くそのことを感じました。そしてそれこそが今なお日本社会が閉塞感に包まれている確たる証拠ではないかとも思うのです。

まあどうあれこれから最長4年間このスキームが維持されるわけですから望んだ人も望まなかった人もしっかり見続ける責任を果たすことが求められているわけで、その意味ではこれからが本当の意味での国民の資質が問われるのかもしれませんね。

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2005年8月 6日 (土)

60回目の・・・

今日8月6日は60回目の広島原爆の日ですね。

今年は60年目の節目ということもあり様々な特集番組や特集記事を見る機会が例年に比べて多い気がします。

その中8月6日付の毎日新聞の記事にアメリカのリベラル派知識人の一人MIT教授のノーム・チョムスキー教授のインタビューが掲載されていました。

チョムスキー教授はブッシュ政権の対外政策に関してもかなり批判的な方でアメリカを「ならず者国家」だと厳しい表現で糾弾されている方です。

僕も詳しくこの方を存じないですが毎日新聞のインタビューはなかなか興味深いものでした。

その中でも「人間は個人生活でも、自分の行為を正当化しようとする。だが、国家や権力機関がそれを始めたときは非常に危険である。」という考え方は的を射た指摘だと感じました。

アメリカの原爆投下を肯定するひとつのファクターとして「remember-pearl harbor」があるというのはよく知られています。

確かに日本の真珠湾攻撃にその正当性を見出すのは論拠として正しいといえるかもしれないです。

しかしそのことに固執し国家としてその行為を正しく評価をしないというのは必ずしも賢い国であるとは思えません。

同様に日本も60年という長い時間を経てもなおきちんと先の大戦について総括をしていません。

いまなお 東京裁判の正当性を議論しその有効性を否定する識者も少なくないです。

しかしそれでは何が、誰が原因であれほどの犠牲者を生み出すにいたったのか。

確かに自分を否定することが容易でないことは理解できます。

同じく国家を否定することも困難なことでしょう。

しかしそこからしか生まれないものもあるでしょう。

60年という節目を迎え『否定』をする勇気がアメリカにも日本にも必要なのではないでしょうか。

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